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明日は青空が

 「雨の日には雨の中を 風の日には風の中を」───好きな言葉だ。
雨にもいろいろな雨がある。
傘を差すほどではない雨ならぬれるのも案外風流。心にそんな雨が降ったとしても楽しむ余裕だってあるだろう。
傘が要る時は傘を用意しよう、慰めという傘が役に立つ。だれかに甘えて慰めてもらうことができたらもっといい。
でも、土砂降りの雨は傘も役には立たない。そんな雨に出会ったらただじっと待つしかない。「必ずいつかはやむのだから」と。
こんな思いは成長過程にあるまだ経験不足の幼い子供たちには分からない。「いったいいつまで続くのだろう」と暗い空を見上げ、中には必死になって逃げ出す子もいるに違いない。そばで、「大丈夫、すぐやむのだから」と、先を見通し支える大人がいない限りは。
歌手が本業ではあるけれど、法務省から篤志面接委員の委嘱を受けて十四年、保護司となって八年が過ぎていった。現在、青少年問題審議会の委員も務めさせていただいている。
篤志面接委員としては、週のうち一日、私の家から程近い少年院へ行き、収容されている女の子の胸の内を一時間ばかり聞いている。仮退院するまで一人の人と過ごす期間は五ヶ月ほどになる。
歌手という飾られた世界とのギャップに「なぜ?」と思う人も多いようだが、歌は理屈抜きに胸を揺さぶることがある───仕事の合間を見て刑務所や少年院といった矯正施設を訪ね、そんな歌を歌い、思っていることなどを話し、少しでもより良く生きていく意欲を持ってもらえたら、と二十年近く続けてきたことが今につながっている、と言えば分かってもらえるだろうか。
そしてこれが、犯罪って何なのだろう、人間って何なのだろう───と考え、学ぶ気持ちに強くつながっていった。
子供にとって、成長していく過程で大人との愛情関係がとても重要になってくる。親から、家族から、先生から愛されている、支えられているという安心感が心の平衡を生み、人を思いやり、自分に打ち勝つといった力をはぐくむと言えるのではないだろうか。
中学三年のころから「お父さんと全く話をしなくなった」という女の子がいた。「顔が合っても、お父さんなんかそこにはいないって感じで」。両親は学歴も高く立派な人で、「大学に行ってもいいんだよ」と言われると精神的圧迫を感じて、その分学校ではちょっと浮ついた遊びグループが楽しかった。ところがそのグループがお父さんには気に入らない、何度もうるさく言われるうち意地になって口を利かなくなった。髪もくり色に染めてみた。するとそのことで両親が激しく言い争うようになり、妹も父親と話をしなくなり、とうとう父親の方も自分の娘を無視するようになっていった。「家族がバラバラになって、もう元へは戻らないと思った」
十八歳で少年院へ来たのは、覚せい剤取締法違反でだった。援助交際で知り合った人にもらったのが初めだった。学校で目立つ生徒の中でも先端をいきたかった。「援助交際は当たり前、ちょっと目立つ子は覚せい剤だってみんなやってるんだと思っていたけど、違ってたんですね?」、そんな幼い戸惑いを見せる。
やがて、自分を振り返って考える時間の中で、だれかに迷惑かけるわけじゃないと言いながら、自分の体のことも考えなかったことに気付いていく、「あのころの私がみじめに見える……」。
ある日、もう自分の子とは思わないと言っていたお父さんが娘に会いに来てくれた。
「『帰ってくるのを待っている』って……」
面接で父の話をしながらあふれ落ちる涙をぬぐう姿に胸が熱くなる思いがした。
帰ったら看護婦さんになるためにまず高校卒業資格を取るという。希望が見えてきた。
雨もやみ、明日は青空が広がるだろう。

月刊『内外情勢』98年3月号より


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